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────それは、気持ちのいい秋の朝だった。 目覚まし時計の鳴り始める少し前に、いつも通り余裕を持って起床したアルは、ゆっくりと起きあがってブラインドを開けた。 途端、心地の良い朝の光が部屋中に溢れる。 今朝はいつもより雲が少ない。 空の面積が広く感じられた。 こんな時間にはどうせ起きてこないであろう半同居人は放って置いて、自分のための朝食の準備をする。 ついでにその半同居人────イブが起き出した時のための食事の準備を軽く済ませておくのは、もはや日常生活の一部になってしまっていた。 2人分のサラダを作って、1人分を冷蔵庫の一番目立つところに置いた。 棚の奥などに隠して置いたものはわざわざ引っ張り出すくせに、こういう時はそうしておかないと、イブはまず奥のものに手をつけないからだった。 そんなことをしている間に、火にかけていたヤカンがシュンシュンと小さく音を立て始める。 まずは朝食分の紅茶のポットにお湯を入れ、残りを保温式のポットに移す。 留守中、イブになるべく火を使われないようにするためだ。 お茶の葉が開くのを待っている間に卵を調理し、ちょうど良い色にパンが焼き上がる。 すべていつも通り、流れるような作業には一点の隙もない────はずだった。 「あるぅ〜」 不意に背後からかけられた声に、アルはパンを取り落としそうになった。 「イブ!?こんな時間に起きてくるなんて…どうしたの?一緒に朝ご飯食べる?」 すんでの所でパンをなんとかキャッチし、アルはこの時間にまず見かけることのない、その小さな同居人を見遣った。 「いい…食べたくない…なんか…凄く寒いんだ…どうにかしてくれ〜」 そう言うイブの様子は明らかにおかしい。 「寒い?風邪でもひいたのかな?夜更かしばっかりしてるから…」 自分の状況が余り良く飲み込めていない風の、イブの額に手を伸ばすと、確かに熱い。 「熱があるみたいだね…イブ。すぐにベッドに戻るんだ」 「…分かった…」 ────これは相当…具合が悪いみたいだ…。 珍しく反抗するでもなく大人しく従うイブを見て、アルの表情がにわかに曇る。 いつものイブの憎まれ口が、酷く恋しく思えた。 寒がるイブにありったけの布団をかけて、アルは一旦その傍を離れ、先程沸かしたお湯で手早くハチミツ入りのレモン湯を作った。 小さい頃、熱を出す度に親が作ってくれた、そんな懐かしい味。 今、他の誰かにそれを作ってあげている自分に、ちょっと不思議な気持ちになる。 「イブ…とりあえずこれ、飲んで」 「…薬?…飲みたくない〜…」 そんな子供みたいな…実際それなりに子供ではあるのだが…駄々をこねるイブを見て、いつものイブを知っているアルは思わず吹き出しそうになった。 「大丈夫、これは薬じゃないよ」 「…本当か?」 明らかに笑いをこらえているようなアルの様子に不機嫌になりながらも、ちょうど渇いた喉を潤すものが欲しかったイブは、枕元に置かれたカップに手を伸ばした。 確かに薬の臭いじゃない…甘い香り。 イブは一口、口に含んでみた。 「あまい…」 「…だろ?僕も小さい時、熱を出すとよく作ってもらったんだよ…それを飲んでゆっくり休めば、風邪なんてすぐに直るさ」 ちょっぴり不安そうなイブを励ますように言った。 「うん…」 ────どんなに頭が良くたって、まだ子供だな…。 いつも大人顔負けの生意気なことばかり言っているイブが、今は普通の子供のように感じる。 ────こういう時って、何かもの凄く不安になるものなんだよね…。 一人取り残された薄暗い部屋。 いつも気にならないはずの、時計が時を刻む音が妙に大きく聞こえる。 世界に今、自分一人しか存在していないんじゃないかって、そんな錯覚…。 アルは、自分が小さな子供だった頃のことを思い出していた。 その間にイブが飲み終えたレモン湯のカップを受け取って、肩口まできちんと布団を掛けてやる。 「…なあ、アルの家は病院なのに、薬を飲まなかったのか?」 されるがままに介抱されていたイブが、ずっと疑問に思っていたらしいことを口にした。 「それは勿論、酷い時は薬を飲むこともあるよ…だけど…」 「…こういう方が、僕は好きだな……なんか…あったかいだろ?」 イブから取り上げた体温計の示す温度を見つめながら、アルは言った。 「…変なの…」 確かに自分でも変なことを言っているのは分かっていたが、イブに改めてそう言われ、大人気無いと思いつつもアルはちょっとむっとする。 「…いいんだよ、病は気からなんだから。本人が効くと思えば…」 小さく続けたアルの言葉をイブが遮った。 「…でも、いいな、こういうの…」 「え…?」 「……」 それはどうやら、意識を手放す前の呟きだったらしい。 そのまま、少々荒い、苦しげな寝息に変わった。 「…寝ちゃったのか…」 でも確かに聞いた…イブの本音。 ────そういえば、僕もそうだったな…。 いつも忙しい両親が、体調の悪い時は自分に優しくしてくれるのが嬉しくて…。 そんな自分と同じように感じたのかもしれないイブを想像して、アルはくすりと小さく笑った。 汗をかいたところを着替えさせて、結構気に入ったらしいハチミツ入りレモン湯を飲ませるのを何度か繰り返す頃には、イブの体温も微熱と呼べるくらいまでには下がってきていた。 アルはキッチンで使っているイスを持ってきてイブの傍に座り、なるべく音を立てないように、読書に没頭していた。 小さい頃の自分が熱のひいたあと目覚めた時に、傍に誰もいてくれなかったのが酷く不安に思えたのを、今でも鮮明に思い出せるからだった。 イブが目を覚ました時、すぐに声をかけてあげたい────その一心が、アルにはあった。 静かな部屋に、イブの規則正しい寝息と、時折アルがページをめくる音だけ響いている。 いつも何かと忙しい2人が、ここ最近過ごしたことの無いような、ゆっくりとした時間。 それは、こんな事にならなければ手に入れられなかったかもしれない、貴重なもの。 「…アル?」 微かな衣擦れの音とともに、枕元から掠れた声がした。 浅い眠りから意識を取り戻したイブが、軽く身を起こしてこちらを見つめていた。 「イブ…気が付いたのかい?…気分はどう?」 「ん…ちょっとぼーっとするけど…すっきりした感じだ〜」 先程までと比べて、その声に生気が戻り始めている。 「そう、良かった…じゃあ、そろそろ夕飯の支度をしようかな?」 アルは安心したように、本を閉じ立ち上がった。 「夕飯…て、もうそんな時間なのか?」 手元の時計にちらりと目をやると、確かにもう夕方だった。 「アル…今日…」 「…君のおかげでゆっくり休めたよイブ。溜まってしまっていた本も読めたしね。有難う」 苦笑いしながら「君は辛かったんだろうし、こんな言い方はおかしいけど」とアルは自嘲気味に付け加えた。 先回りして自分が言おうとしていた事に対する答えを言われてしまったイブは、ちょっと申し訳なさそうな顔をしたが、せっかく自分に気を遣わせないようにしてくれたアルの気持ちを酌んで、これ以上は何も言わないことにした。 ────ごめんな…有難う…アル。 かわりに、心の中で謝る。 そんなイブをみとめて、アルはこれ以上ない優しい微笑みをみせた。 ────言わなくても、気持ちはちゃんと届いている。 何とも表現できない、満たされた気分になって、イブは照れくさそうに目を反らした。 こういう時のアルは、本当に「大人」で…自分は「子供」なんだって気付かされる。 …でも、それも何故か嫌いじゃなかった。 ────俺はアルに守られている…色んな意味で。 だけど守られるばかりじゃない…俺は俺にしかできない方法で、アルを守ることが出来るはずだ。 そのことが分かっているから…。 食事が出来上がるまでの短い時間、イブはもう少し眠ることにした。 「…さあ、今度はちゃんと食べる番だぞ、イブ!」 夕飯だと呼ばれて元気良くベットを抜け出したイブが、その光景に目を丸くする。 …テーブルいっぱいに、いつもの数倍はありそうなほどのメニューが並んでいた。 「こんなに作ったのかよ…アル…?」 「日本やアメリカでは知らないけど、イギリスでは風邪は食べて直せ、熱は飲んで直せ、なんだよ!」 遙か昔に自分が聞いたそれを力説しながら、取り皿に強引にのせ始めるアルに、軽く気圧されながらもイブは大人しく従うことにしたのだった。 数日後、しっかりイブの風邪が伝染ったアルに、今度は逆にイブがアル直伝(?)のハチミツ入りレモン湯を作ることになるのだが…それはまた、別の話(笑) またしても仕事の合間にメモ帳でぽちぽちと打っておりました〜(笑) ネットで調べたイギリスの風邪に対する民間療法によると「熱があるときは食事はせずに水分補給」「熱がないときはしっかり食事」らしいです。 この水分補給に関しては「ハチミツ入りレモン湯」と「ブランディー入り紅茶」を別々のサイトで見たんですが、イブはお子さんですし、アルコールにも弱いところを度々垣間見せているので、当然これは前者で!となりました(笑) でも「ブランディー入り紅茶」も、いかにもイギリスらしくて良いですねv ヤン提督とユリアン(銀英伝)を思い出しました(笑) しかし、ネットというか、検索エンジンって偉大ですね…「民間療法」「イギリス」この2つでand検索かけて、ちゃんといくつもサイトが引っかかります(笑) >あとは、その情報の信憑性が問題ですが…。 「PROFILE」にも書いたのですが、私のカップリングにおける好みというのは、余りベタベタしてるものとかモロに書かれているものではないので(トモダチ以上コイビト未満)そういうものがお好きな方から見ると「どこがイブvアル!?」ってなりそうなものばかりで申し訳ありません(苦笑) 私のイブ&アル発想は「仲の良い兄弟」的なものが一番理想ですので…それ以上は余り望んでいません…多分(笑) ・タイトルの由来・ 「いつも(の君)と違うよ」 体調の悪そうな人を気遣う英会話(?) …と、文中で普段とは違う素直な一面(?)を覗かせるイブを、ひっかけてみました(笑) Digital Holmesはアークシステムワークスの作品です。 (C)1999〜2001 ARC SYSTEM WORKS CO.,LTD. (C)1999〜2001 Koichi Noguchi |