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「まったく、ワトソン警部補には呆れる!」 耳障りな音を立ててオートロックの重い扉が閉まる。 ロンドンのとある高級ホテル───思えばあの事件の日もここに泊まっていた───の一室に戻ってきたその人物の、開口一番の台詞がそれだった。 数時間前─────。 なぜかまた一緒に付いてくると言ってきかなかった従妹に荷物とチェックインを任せ、取りも直さず目的地─────アル・ワトソンのフラットへ向かった。 出勤前の時間でないと、家主はおろか、保護とは名ばかりの放任状態で気ままに暮らしている同居人─────ヒュー・イブカ・ホームズも捕まえられないと思ったからだった。 こんな時間に踏み込むのは─────それが捜査官にとって良いのか悪いのかは別としても─────誰に対しても非常に気のいいあの捜査官に対して罪悪感が全くない訳ではなかったが、 速やかにイブカを確保しなければならない現在の状況においては、背に腹は変えられない。 そう自分に言い聞かせて、ディック・マオ・リーは扉の前に立った。 チャイムに指をかけようとしたその時だった。 ばん、と勢いよく扉が開き、求めていたその人物が走り出てきた。 「げっ…」 一番見たくないその人物の顔をみとめて、イブカは思わず出口とは反対の方向に飛び退いてしまった。 ちょっと逃げ出すのが遅かったか…とイブカが舌打ちする。 ハッキングした情報で、マオがロンドンに向かっているのは察知していた。 いつもならばこれで一足先にここから逃げ出して、ほとぼりが冷めるまでしばらく姿を見せないところだったが、朝に弱いという弱点(?)をうまくつかれた形になる。 「イブカ…ちょっと聞きたいことがある…一緒に来てもらおうか」 鍛え抜かれた隙のない動作で、マオはじりじりと間合いを詰めていく。 時間にすればほんの数分だが、イブカには長く感じられた。 「あれ、イブ、そんなところで何やって…?」 何か廊下が騒がしい…と出勤前の身支度もそこそこにアルがひょっこりと顔を出した。 イブカの先にいる人物に、思わず声が上擦る。 「リ…リー捜査官!?」 イブカと一緒にいるうちにすっかり体に染みついてしまったのか、別にこの人が追っているのは自分ではなくイブカなのに、なぜだか自分もどきりとしてしまう。 そんなアルの表情と心の中を見透かしたのか、思わずマオの口元に困惑したような小さな笑みが浮かんだ。 その一瞬の隙をついて、イブカはするり、とマオの脇を走り抜けた。 「…!この…っ!」 慌てて手を伸ばすがもう遅い。 鮮やかな赤い服が、風のように階段を駆け下りていく。 「…なに…ッ!?」 追いかけようとしたその時、突然に後ろから腕を捕まれた。 「ワトソン警部補!?」 いつもは温和に笑っているその青年捜査官の突然の行動に、一瞬思考が止まる。 「今日は特別なんだから、ちゃんと帰ってくるんだよ…イブ!」 しっかりとマオの腕を捕らえたまま走り去る赤い背中にそう呼びかけると、イブカは振り向きもせず片手を上げて答えた。 だんっ、と拳で強くテーブルを叩くと、目の前に置かれたティーセットががちゃがちゃと耳障りな音を立てる。 「ま…まあ、リー捜査官、とりあえずお茶でも飲んで落ち着いて下さい」 アルはいつの間にかイブカにあけられて半分ほどになっていた、とっておきの紅茶を淹れて、マオの前に置いた。 これで機嫌が良くなる訳はないが、少しでも怒りが収まってくれるように願う。 「これが落ち着いていられるか!なぜイブカを逃がした!?」 「すみません…でも、今日はイブカの好きにさせてやって下さい…特別な日…だから…何か重要な話なら明日なんとかしますから…」 その姿はまるで、いたずらをした自分の子供の代わりに謝る母親のようだ。 「特別な日だからイブカを逃がしたのか!?君は口では保護すると言いながら、いつもイブカから目を離しては問題を起こしている!そんな人間の言うことが信用できるか!?今、この瞬間だって誰がイブカを狙っているか…」 「僕はヤードの仕事がありますし…イブなら大丈夫だと…」 「君の一番重要な仕事はイブカを守ることだ!むしろヤードの仕事など他の人に任せて、イブカのお守りだけしていれば良いんだ!!」 話が通じない苛立ちからまたテーブルを叩いたマオの威圧感とその言葉に、普段のアルならば萎縮してしまうところだったが、まっすぐにマオの瞳を捕らえて言い放つ。 「…僕はイブを鎖で繋いでおく気はありません…それにイブにはその必要はないと思っています」 普段は穏やかなその深い蒼の瞳が、挑戦的に輝くのを初めて見たのは、あの事件の夜だった。 「君が必要ないと思っても、あの力が危険すぎることに代わりはない。それはイブカ本人にとっても…だ。だからこそきちんとした保護が必要なんだ」 こんな目をされるとつい必要以上に苛めたくなってしまうのは、自分の捜査官としての癖なのか、それとも相手がこの人間だからなのか? マオは急速に冷めていく頭の隅でそんなことを考えていた。 自分のことを強く見据えていた蒼い瞳が困惑に揺れる。 少しの沈黙の後、アルが静かに口を開いた。 「…イブは…」 あの時から変わらず、マオの言っていることは正論なのだ。 それはアルにも分かっている。 もし自分がイブカの事を書類上でしか知らなかったら、多少は悩むにせよ大いに納得できる判断だったかもしれない。 ─────でも、僕はあの日イブに出会ってしまった。 あの長いようで短かった48時間で、イブカのことを色々知ってしまったから。 「…イブは…たとえるなら風なんです…自由に世界中を駆けめぐって、何者にも捕らわれず、止まっていたら死んでしまう」 「────なに?」 そういう感性はあまり持ち合わせていないマオが、訝しげにアルを見る。 それでも構わずにアルは続けた。 「自由に吹いているように見える風も、決まった道を通ってちゃんと戻って来るんです……僕はその戻ってくる場所になれたらいいと…」 「じゃあ、その風を違う誰かが遮らないと、どうして言える?そうなった場合、誰がどう責任をとるんだ?」 続けようとしたアルの言葉を、冷めた口調でマオが遮る。 「…その時は…僕が命に代えても────…!」 この人間なら、イブカを守るために本当に自分の命を捨てるだろう。 たとえ話に対してここまで真剣に返してくる相手に、言ってしまった自分の方がひどい罪悪感を覚える。 「君一人の力で何とかなるなんて思い違いだ」そう言ってしまいたかったが、これ以上この人間を傷付けたくない気持ちが自然と湧いて、止めた。 むしろこの人間ならイブカを狙う相手も懐柔できるのではないか────?そんな馬鹿な事を思ってしまうほどに、マオ自身もアルには甘かった。 自嘲気味な笑みが、マオの口元に零れる。 「…相変わらずの甘ちゃん捜査官だな、君は。むしろその詩的な考え方を生かして、作家にでも転職したらどうかね?」 君のご先祖さまのように、と続けた。 ─────その方が安心する人間は多いだろう。 あの赤毛の男も、杳として消息の掴めないMも、昔この人間を庇って死んだという少年も─────そしてイブカも、この人間に真に危険が及ぶことを畏れているのだから。 ─────ある意味、イブカの一番の弱点は──────。 「……もし、英国が米国と同じようにイブカを扱おうとしたら、君はどうする?」 マオは、以前から機会があれば聞いてみたかったことをアルにぶつけた。 「…その命令を大人しく訊くことが君に出来るのか?」 「…その時は…」 先ほど見せたそれと同じ目で、まっすぐに自分を見る。 その瞳に見とれていると、目の前にいる人間ですら聞きとれるか聞き取れないかの小さな声で、アルは小さく呟いた。 それは、強く心に決めてはいるものの、その時が来るまで口に出してはいけないと思っている言葉。 マオはそれ以上の言葉を求める気になれず、この件についてはこれ以上追求するのをやめた。 フラットを飛び出したイブカは、潜伏先(?)として選んだコーヒーハウスで食べそびれた朝食を摂りながら、アルの部屋の様子を伺っていた。 二人の間で交わされる自分の話題を、最初は面倒くさそうに聞いていたイブカだったが、気が付けばおいしそうに湯気を立てていた食事はすっかり冷めてしまっていた。 いつもアルがワイシャツの胸ポケットに入れている携帯──────。 その携帯にも仕込まれている盗聴器が、他の物なら拾えなかったかもしれないアルの小さな呟きをイブカの元に運んできた。 「……ありがとな…アル…」 自分からアルに伝えたとしたら、多分あの優しすぎる人間は、たとえ本心では嫌だったとしても自分の要求通りにするだろう。 あいつがそういう奴だからこそ、自分からは絶対言わないと決めていた。 ──────最高のバースデイプレゼントだぜ〜。 自分のいない場所で、アル自身の口から、アルの本心が聞けたことが嬉しい。 ──────こりゃ、マオにも多少は感謝、だな〜。 恐らくマオが知りたかった情報はこの辺りだろう。 イブカは、最近自分がちょこちょことちょっかいを出していたとある組織の情報をひとまとめにして、マオのアドレス宛に送りつけた。 これでマオがまたフラットまで押し掛けてくることもないだろう。 ──────今日の夜は、誰にも邪魔されたくないからな〜。 イブカは満足げに立ち上がると、いつにない上機嫌でその店を後にした。 ──────すっかり冷めてしまった朝食は残したままで。 戻るなり、普段愚痴など全くと言っていいほど零すことのないサッパリとした性格の従兄が、ぶつぶつと言い始めてもう数十分になる。 「イブカをあんなに信用するなんて、どうかしている!」 自分では到底持てそうにない感情を平気で表す捜査官と、自分からは逃げ出す癖にあの捜査官の傍は離れたがらない国際手配犯の姿を想像して、ますます苛立ってくる。 「…それで…兄さんは一体どちらに嫉妬なさってるんですか?」 「……………は?」 さらり、と理解できかねる言葉を発した従妹を、硬直してしまったマオはまじまじと見つめた。 「何を…言ってるんだ…ユーファ…?」 「ディック兄さんはもう少しそういう方面で気を配った方がいいですよ。自分のことも、他の人のことも…ね」 呆然としたままの従兄に悪戯っぽい微笑みを見せて、立ち上がる。 ユーファは話題の2人と背の高いあの女性のことを思いだしていた。 今度の新刊でマンガにしようと思ってた話を、ちょっと変えたり足したりでどうにかイブバースデイ話に…ι 久しぶりに文章書いたらこっちもリハビリ必要になってました…ダメダメだね、チミ(懐かしいガイン風) なんだかとりとめのない文章で読み辛くてスミマセン(死) イブバースデイと言いながら、イブよりアル中心になってしまうのがアルスキーの辛いところ(?) とにかくイブ、Happy Birthday!誰よりもイブの幸せを一番に願っています!(アルよりも…笑) ・タイトルの由来・ …本文中の話そのままι Digital Holmesはアークシステムワークスの作品です。 (C)1999〜2001 ARC SYSTEM WORKS CO.,LTD. (C)1999〜2001 Koichi Noguchi |